部活を辞める理由は、人それぞれある。
私の場合は、同級生との対立だった。
好きで始めたバドミントン部。
しかし「勝つためのバドミントン」と「楽しみたいバドミントン」の価値観の違いから、
次第に心がすり減っていった。
食事管理、毎週のチェック、結果を求められる空気。
気づけば、体育館に向かう足は重くなり、
好きだったはずのバドミントンが、しんどいものに変わっていた。
好きだったはずのバドミントン
私は学生時代、バドミントンが本当に好きだった。
勝ち負けよりも、ラリーが続く感覚や、体を動かす楽しさが好きで、純粋に「楽しいから」続けていた。
だからこそ、部活に入った当初は、仲間と一緒に練習できる時間が嬉しかったし、
このままずっとバドミントンを続けていくんだろうな、と自然に思っていた。
勝ちたい同級生と、楽しみたい自分
しかし、同級生との間で、少しずつズレが生まれていった。
同級生は「勝つためのバドミントン」を重視していて、
私は「楽しく続けるバドミントン」を大切にしていた。
あるとき、同級生から食事管理用の書類を渡され、
毎週それをチェックされるようになった。
本気で勝ちに行く姿勢なのだとは理解していた。
でも、その管理が始まってから、バドミントンは「楽しいもの」ではなく、
「評価されるもの」「縛られるもの」に変わってしまった。
体育館に向かう足が、少しずつ重くなっていった。
部活を辞める決断をした理由
悩んだ末、私は部活を辞める決断をした。
そのことは、同級生に直接、自分の言葉で伝えた。
「ちゃんと考えたけど、これは俺がやりたいバドミントンじゃない」
そう伝えたとき、同級生からは
「本当は部長をやってほしかった」という言葉ももらった。
正直、心は揺れた。
でも、私は「楽しくやること」を重視していたし、
その価値観のままでは、もうついていけないと感じていた。
周囲の人から引き止められもしたが、
そのときの自分の意思は、もう揺るがないほど固まっていた。
部活を辞めた直後の解放感と、その後の虚無感
部活を辞めた直後は、驚くほど気持ちがすっとした。
重たい何かから解放されたような感覚だった。
先輩や他の同級生との関係は良好だったため、
体育館を借りて、部活とは別にバドミントンを続けることもできた。
それでも、半年ほど経った頃、
突然、強い虚無感に襲われるようになった。
「こんなにも空っぽになるんだ」
それだけ、私はバドミントンに本気でハマっていたのだと思う。
時間が経って、わかったこと
今では、当時対立していた同級生とのわだかまりも解けている。
社会人になった今、私たちは一緒にバドミントンをしている。
あのときはぶつかるしかなかったけれど、
お互いに真剣だったからこそ、今は笑って話せるのかもしれない。
辞めたことは、間違いじゃなかった
部活を辞めることは、簡単な決断ではなかった。
好きだったからこそ、心も痛んだ。
でも今振り返ると、
あの選択は「逃げ」ではなく、
自分の「好き」を守るための決断だったと思っている。
何かを辞めることは、必ずしも悪いことではない。
むしろ、自分が何を大切にしているのかを知る、大事な経験だった。