部活動を去る理由は、人の数だけ存在する。それは時に、身体的な限界であり、時に環境の変化である。
私の場合は、同級生との間に生じた「価値観の断絶」だった。
純粋な喜びであったバドミントンが、ある日を境に「しんどいもの」へと変質していった記録を残しておきたい。
学生時代の私にとって、バドミントンは「楽しさ」そのものだった。
ラリーの音、息が切れる感覚、そして仲間と共有する時間。勝ち負けという結果以上に、そのプロセスに潜む純粋な高揚感に魅了されていたのだ。
だからこそ、体育館へ向かう一歩一歩が、当時は何よりも軽やかだった。
「好き」という感情が、「管理」という枠組みに収められた瞬間、
それは自由な表現から、評価されるべき義務へと変質する。
01 | 勝利至上主義との対峙
変容のきっかけは、同級生との間に生まれた「勝利」への温度差だった。
彼は勝つための徹底した自己管理を求め、私には食事管理用の書類が渡された。毎週のチェック、結果への執着。彼らの熱量は理解できたが、それは私の求めるバドミントンの輪郭とは、あまりにかけ離れていた。
評価され、縛られる。その重圧が、私の「好き」を少しずつ浸食していった。
02 | 決断と解放、その先の虚無
「これは、俺がやりたいバドミントンじゃない」
私は直接、言葉を尽くして退部を伝えた。引き止める声に心は揺れたが、自分の本質を守るためには、その場所を離れるしかなかった。
辞めた直後に訪れたのは、驚くほどの解放感だった。しかし、半年が過ぎた頃、予期せぬ虚無感が私を襲った。「空っぽになった」という感覚。それほどまでに、バドミントンは私のアイデンティティの一部となっていたのだ。
03 | 歳月がもたらした「最適解」
長い時間が経ち、かつて激しくぶつかり合った同級生とは、今では共にコートに立ち、笑い合える関係に戻っている。お互いに真剣だったからこそ生じた摩擦。それは、今となっては必要な通過儀礼だったのかもしれない。
あの決断は「逃げ」ではなく、自分の「好き」を救い出すための、唯一の手段だったのだと今は確信している。
何かを辞めることは、挫折ではない。自分が何を大切にし、どう生きたいのかを再定義する、極めて前向きなプロセスである。
私は今日も、私なりの「楽しさ」を携えて、コートに立つ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
