食における「期待」と「実態」の乖離。それは時に、新しい発見をもたらすこともあれば、拭いきれない違和感として残ることもある。
z先日、茨城県水戸市を訪れた際、ある店で興味深いメニューに出会った。
その名は、「箸で切れるとんかつ定食」。
とんかつという料理の概念を覆すようなその響きに惹かれ、私は暖簾をくぐることにした。
店内に足を踏み入れると、そこには地元の人々に愛されているであろう穏やかな空気が流れていた。
テーブル席、座敷、そしてカウンター。ゆっくりと食事を楽しむには申し分のない環境だ。
ただ、入り口の佇まいが営業中かどうかを判別しづらく、一見客には少しばかりの勇気を要する。しかし、その「入りにくさ」こそが、名店の証であることも少なくない。
料理の名称は、時として作り手の「理想」を雄弁に物語る。
しかし、その理想を形にする難しさを、私はこの一皿で知ることとなった。
01 | 期待という名のハードル
運ばれてきた盆の上で、まず目を引いたのは山盛りのキャベツだった。その圧倒的なボリュームは、がっつりと食べたい者にとっては至福の光景だろう。
肝心のとんかつに箸を立てる。店名に謳われた「箸で切れる」という体験を期待したが、現実はそれほど容易ではなかった。物理的な柔らかさよりも、私の期待というハードルが少し高すぎたのかもしれない。
02 | 「とんかつ」か、あるいは「角煮」か
衣はサクサクとしており、中の肉は極めてジューシーだ。しかし、食べ進めるうちに一つの疑問が浮かび上がる。
これは「とんかつ」なのだろうか、それとも「角煮の揚げ物」なのだろうか。
肉質はホロホロと崩れるほどに柔らかく、その食感は確かに新感覚と言える。角煮をこよなく愛する者にとっては、これ以上ないご馳走かもしれない。しかし、「とんかつ」特有の肉を噛み切る喜びを求めていた私にとっては、その境界線の曖昧さが違和感となって残ってしまった。
03 | 価値の再定義
価格設定は2,100円。提供されるボリュームや手間を考えれば妥当かもしれないが、自身の満足度と照らし合わせると、コストパフォーマンスへの評価は厳しくならざるを得ない。
食事とは、単にお腹を満たすことではなく、自身の価値観と向き合う時間でもある。
この一皿が「ハマる」人には唯一無二の存在になるであろうことは想像に難くないが、私の再訪は、当面先のことになりそうだ。
期待と実態。その差を噛みしめることもまた、食探訪の醍醐味である。
次は、どんな「本物」に出会えるだろうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
